業界の実際

●デモパンとセーター

一世を風靡しながらも現在ほとんど作られていないものにデモパンがある。
70年代に登場して80年頃にいったん下火になり90年頃また爆発的に売れたが、その後消滅していったアイテムだ。
デモパンという呼称は確かD社の登録になっているはずで、一般的な会話でそのアイテムを指す言葉としては使われるがD社以外のメーカーがカタログやプロモーションで使うことはできない。
もちろんウエア自体にその文字を入れることもできない。
結構、D社はその辺がしっかりしていて、他の名称でも既にD社が権利を押さえていたということがった。
余談だが、そういう場合のひとつの逃げ道としては、何か言葉を付け足して「これは違う名称ですよ」と申し立て申請するという方法がある。
しかし、本当に違って見えるかは役人の感覚によるので絶対いけるとは限らない。
もっとも「デモンストレーターパンツ」と略さないで言えば問題はなかったのだが…(多分)。

さて、「デモパン」の定義だが、縦横両方向に伸びのある素材(2WAYストレッチという言い方をする)を使い、スキーブーツの外側に裾をかぶせて着用するもので、脚をまっすぐ見せるためにウレタンで裏打ちすることが多い。となるか?
女性用で大量に売れた裾をブーツの中に入れて使うものは区別して「スレンダーパンツ」と呼ばれていた。こちらは縦方向のみに伸びがある1WAYストレッチの素材が多かった。
「デモパン」はさかのぼると競技用のスラロームパンツになるかと思うが、70年代にジーンズのパンタロンが流行った頃に裾を広げてブーツに被るようにしたものが出たときに形がほぼ確立したようだ。
基礎スキーのデモンストレーションで脚のラインをきれいに見せるためにこの分野では継続して使われていた。
これが80年代末期から90年頃にかけてウエアの流行が、逆三角形ラインになり脚を細く見せるために大量に売れたというわけだ。
ちなみに当時、スキーウエアのパンツはこの2WAYストレッチのデモパン、1WAYストレッチでセミタイトなもの、ノンストレッチのものと3種類が存在した。

デモパンというのは結構作る上で技術的・設備的に高度なものが要求されるもので、当時はだいぶ海外生産も増えていたけれども、これだけは日本国内でほとんど作っていた。
まず縦横に伸びる素材を縫うというのは言葉で言うほど簡単ではない。
それだけ伸びるということは縫いながらゆがみが生じやすいということで、それを計算しながら設定どおり仕上げるのは結局人間の手加減に頼る部分が多かったのだ。
他社の商品で、下手な工場が作ったのであろう、全体がゆがみ右か左に反ってしまったものも見たことがある。
さらにウレタンの裏打ちには接着という工程も入り、最後はラインを整えるためプレスをすることもあった。
縫い糸も通常より強度の高いナイロン糸を使ったり、もちろん伸びても糸が切れないような縫い方をするミシンまで違ってくる。
この頃私はウエアの縫製仕様をまとめる仕事をしていたが、これはやらせてもらえなかった。
もっと縫製現場に近い専門集団の仕事だったのだ。

しかし、時代が流れ世の中のトレンドが逆三角形のラインから下半身もボリュームのある方向に変わってくるとデモパンは急速に廃れていった。
デモンストレーターでさえ、ノンストレッチ素材でややタイトに作られたパンツを着用するようになり、競技スキーヤーも全種目ワンピースになりスラロームパンツがほぼなくなるに至り、事実上「デモパン」は滅んでしまった。
同時になくなったものが「デモセーター」と「スラロームセーター」である。
これは単純に下が変わったのでセーターでは合わなくなったという事情もあるし、一般的には「フリース」が登場してきた影響もあっただろう。

やはり、デモンストレーターがデモパンを着用しなくなったのは大きかった。
前述のとおり、ノンストッレチの素材のパンツが出てきたのだ。
これを最初に仕掛けたのはD社で、昔から基礎スキーの分野では大きな影響力を持っている。
正直、D社以外でここまでラジカルなことを仕掛ける度胸はなかったのではなかろうか。
以後、ウエアメーカー全社が追従したのは言うまでもない。

ここまで急に需要がなくなると各方面に影響が出る。
2WAYストレッチの素材で圧倒的なシェアを誇っていたのが、日本の化学繊維メーカーのT社であった。
各社デザインは違っていたが、素材はほとんど同じところで作っていたわけである。
一時は2WAY素材があまりに売れたため、T社の担当者は社内で昇進したらしいが、その後は…?
工場も作るものがまったく変わってしまったようだ。
セーターのほうもスキー用をほぼ一手に引き受けていたのはB社だったが、やはりかなり大変だったらしい。
何しろセーター用の牧場まで持っている会社である。
現在はセーターだけでなくスポーツウエア全般を作っているようだ。

さて、いつの時代もウラシマ状態の人はいるもので、デモパン消滅後もそれを買いたいというスキーヤーはしばらくいたのだ。
スキー関連のものについて、買い替えのサイクル年数は人によって当然異なる。
毎年という人もいれば、10年以上という人もいる。
サイクル5年程度の人でも、例えば95年くらいに店を見てみると自分の持っているデモパンというものが店頭からほとんど姿を消していたはずだ。
私もスキーショップに販売の応援に行ったことが何度もあるが、あるはずもないデモパンを捜し求めさまようスキーヤーを何人も見ている。
現在で言えば、カービングスキーしか置いていないスキーショップを見ながら「もっと普通の板はないかなあ」というようなものか。

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