●スキーウエア史上最大の暴挙(?)―ストーンウォッシュ【後編】 |
さて、ストーンウォッシュのスキーウエアだが、これほど毎度毎度問題の噴出したものもなかった。 もともとB社で開発された手順で生産すると撥水性能がないと問題にされ、撥水の加工を入れると色が落ちすぎてどうもよくない。 ここは見た目重視で撥水加工よりも見た目重視でいくことになったのだ。 それだけ撥水加工の影響が表現上大きく影響していたのである。 さらに生地工場で素材表面に顔料をのせていく段階で気温や湿度の変化によって顔料ののり具合が変わってしまうことも問題となった。 顔料をのせた日によって最終の色が微妙に異なってしまうのである。 さらに信じがたいことなのだが、素材に顔料をのせている途中で操業時間が終わるとなんとそこで作業を中断して帰ってしまっていたようなのである。 翌日続きを行うのだが、そうなると同じ一反の生地で途中から顔料の濃さが変わってしまうのである。 日本人には理解しがたいヨーロッパ人の働き方であった。 このため製品数百点を目視による検品したこともあった。 全体に色が薄いとか濃いということならまだしも、一着の中で左右で色の濃さが異なる可能性もあったからたまったものではなかった。 (幸い左右で異なるというものはほとんどなかったと記憶している) ところが、素材の問題だけではすまないのがストーンウォッシュの奥の深いところである。 当然、表素材以外の材料も洗いに耐えられなければならない。 石が入るのみならず、高温のお湯で洗うために温度に対する耐久性も要求された。 分かりやすいところでいえばピカピカのメッキは使用不可。 裏地や中綿まで通常以上の強度が要求されたのだ。 他にも仕上がり寸法の問題がある。 ストーンウォッシュの素材というのは顔料がたっぷり塗りつけられているため、洗い加工前の状態ではパリッとしている。 まるで板を縫っているようだと工場の方に言われたことがあるほどだ。 さて、スキーウエアにつきものといえばゴムを入れた伸縮部分。 この伸縮部は洗いをかけると素材がほぐれて、縫いあがり直後より寸法が詰まる。 どの寸法の設定でどのくらいの長さのゴムを入れれば最適なテンション、上がり寸法になるかは最終的には洗ってみないとわからないのである。 これがまたパターン(型紙)を決定していく上では難しい問題となっていた。 私は型紙まではひいていないのでこの辺の苦労は直接は経験していないが、厳密にはこの辺の情報が変わると使用材料の数量が変わっていくのだ。 いままで触れなかったが、実際の「洗い」作業はとある染工場で行った。 ジーンズなど製品洗いの経験があるところで、当初は軽石のような石を入れていた。 これが回していくうちに表面が削れて砂が出る。 この砂と軽石が満遍なくウエア表面をザラザラとこすり、マットで中古感のある効果を出していたのだ。 ところが二年目以降、この「砂」が問題になった。産業廃棄物とみなされ、捨てることができなくなったと言うのだ。 当時はこのように特殊なウエアも1,000枚以上作られていたから廃棄物の「砂」も膨大な量になりとても同じ方法で洗うことができなくなったのである。 そこで削れて「砂」を出すことのない石が使われた。 丸い石、三角の石、ゴムボールのようなものまでいろいろ組み合わせてウォッシュ効果を出そうとしたのであった。 ただ、削れないということはそれだけ石が硬いということで、今度は製品の破損が発生してしまいまたまた大騒ぎとなった。 急いで対策を話しあい、より「ソフトな」石を使ったり、洗い方を変えることで切り抜けたのであった。 比べてみると初年度の製品と二年目以降の製品とでは表面の感じが異なっている。 他のメーカーもストーンウォッシュの効果には注目していたが、本当に縫いあがった状態で洗ったのはP社だけであろう。 他社が製品化したものはみんな素材だけの状態でウォッシュ加工をかけて、それを普通に裁断して縫ってあった。 これでは縫い目や表面の凹凸の「当たり」は出ないが製品クオリティを確実に保つという観点からみれば利口な方法であっただろう。 最後に表面の撥水問題について。 一度、素材に対して撥水加工を試みたがやはり表面感の問題で取り止めとなった。 しかし二年目以降も撥水がないため濡れてしまい「これはどうなっているんだ!」という苦情があった。 売れ行きはかなり良かったが、それだけ普通のスキーヤーに行き渡るということでそれだけ「普通の」スキーウエアとしてしか製品を見られないユーザーが増えるということになる。 三年目は撥水加工はもはややらないわけにはいかない風向きになっていた。 素材の状態で加工はできないし、苦情を防ぐためには洗った後に加工する必要があった。 結局、洗った後製品全体を撥水液にどっぷり浸ける方法がとられた。 これなら完璧と言えるが、なんと裏地や中綿まで撥水するウエアになったのである。 後にも先にも裏も表も水をはじくウエアなんてこれだけでありましょう。 この加工は一着あたりの加工賃があまりに高く(確か売価を一万円ほど上げないと吸収しきれなかったと記憶している)、このためにストーンウォッシュは完全にコストの合わないウエアとなってしまった。 この後ストーンウォッシュウエアが作られなくなったことはいうまでもない。 まさにあらゆる困難を背負った企画であった。 |
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