●ワルツ狂騒曲 |
P社がジャカード織りでわざわざ、無地っぽいザラザラした素材を使っていたことがあった。 今から10年程前のことだ。 当時はいわゆる「派手な」柄物の流行がほぼ終焉を向かえていて、かといってそれ以前のようなド無地でもないという、微妙な素材が広く受け入れられていた。 無地っぽくしたジャカード織り以外には、アラミド繊維を織りこんだものも流行ったものだ。 ちなみにアラミド繊維は高強度で知られ「防弾チョッキの補強材に使われる」などと説明されるが、困った点が二つあった。 まず、黄色い繊維なのだが、ほとんど染料で染まることがない。 仕方がないので、他の繊維と混紡にして色を出す。 それでもというか、やはりというか、高彩度の発色などは望むべくもない。 もうひとつは「高強度」なので、ウエアのパーツに裁断する時、あっという間に裁断機の刃が切れなくなってしまうという現象。 工場関係の方が、(確か)「刃をすぐに換えなきゃ…」といっていた記憶がある。 ちょっと切り込みを入れようにも普通のはさみでは文字通り「歯が立たない」。 専用のはさみがあるがひとつ何万円もするという話だった。 まあ、ジャカードにしろ、アラミドにしろ売れたのはなぜか表面がザラザラしたものだった。 当時P社の見方は、「ジャカードは高級感があり、他社が追従できないので良し」、「アラミド繊維は強度という機能性があるので良し」というものであった。 素材の「意味」にこだわり、良くも悪くも頭で考えてウエアを作る体質だったと言える。 さらに柄物離れが進み無地ものが主流になっていく傾向が見えると、次は強度の高いナイロンで押していく方針を取った。 これに対し、全く異なる「見た目重視」の発想をおこなったのがG社であった。 要するに、表面がザラザラしていればそれで良いのだということだ。 ナイロンより張りのあるポリエステルを使い、ザックりした織りの素材を大量に使いだしたのである。 その名を素材の商標名で「ワルツ・オックス」といった。 「オックス」というのは「オックスフォード織り」の略称で、縦横均一で比較的ざっくりした組織を指す。 良く見ると織り目に一本だけ光る糸が入っていてそれが微妙な深みを出していた。 当時、それを我々は「ワルツ」と呼んでいた。 ナイロンというのは繊維の単位で見ると確かにポリエステルより強度はあるのだが、柔らかく、ウエアにした場合「ペコッ」と折れる傾向がある。 対して、ポリエステルはウエアの形に張りが出る傾向がある。(ふくらみ感がある、などと言うことが多い。) そのかわり作り方にもよるが、硬いもので摩擦されるとすぐに表面が毛羽立ってしまうという弱さがあるのだ。 マジックテープなどでズリズリやられたら一発でケバケバになる。 しかしそんなポリエステルの「ワルツ」がメチャメチャ売れてしまった。 その頃、景気低迷の影響がスキーの市場にも大きく影を落としてきて、店頭の販売価格も下落傾向が強くなっていた。 すでに高級素材のジャカード織りや不必要なほどの強度を持ったアラミド繊維など重要ではなく、「普通の」ポリエステルでザックリした味のある比較的安価な素材で充分であったわけなのだ。 恐ろしいもので、競技用もメンズもレディスも「ワルツ」で作っておけば何とかなりそうに思えるほどだった。 切り替えてラインをデザインすれば競技用に、全部一色で作れば一般向けに、淡い色で作ればレディス向けになるという具合だ。 気がつくと、国内の主要なウエアメーカーはこぞって「ワルツ」を取り合うような状態になっていたのであった。 いきなり当時のP社トップは「ワルツ」の確保を担当に命じていた。 ついこの間まではナイロンで押していくぞ!と言っておいて、カタログにもナイロンの良さがとうとうと述べられていたのにこの変わりよう…。 さらには「何でこっちはナイロンなんだ!売れているのはポリエステルじゃないか!」などという発言まで飛び出す始末。 この「ワルツ」のブームが終焉を迎える頃、P社のスキー部門も最初のクライシスを迎えていた。 |
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