業界の実際

●中綿を表側につける

スキーウエアは多くの場合中綿が入っている。
ダウンウエアは特別で鳥の羽が入っているが、通常はポリエステル繊維の不織布(織ったり編んだりしない布)の一種が入っている。
ウエアに中綿を入れるという技術のルーツをたどると、おそらく軍用のフライトジャケットにたどり着く。
最初は厚い毛皮を使っていたが、戦後ナイロン素材を使うようになり、そこに防寒性能を付与しようとして表地と裏地の間にウールの毛布のような生地を入れたのが始まりだと思われる。
そして、有名なMA-1の時代になって化学繊維の中綿が開発され、それが使われるようになったようだ。

スキーウエアも化学繊維の綿ができるまではセーターなどで空気層を作り、ナイロンのジャケット(当時はヤッケということが多かったか)で風を遮断して保温の空気層を守るやりかたであった。
理屈から言うと身体と外気の間に十分な空気層があると強い断熱性能が得られる。
そういえば数年前、ウエアにシート状のエアバッグを仕込んで空気100%の断熱層を備えたウエアというのが発表されたことがあった。(口で空気を吹き込む方式)
中綿の材料であれば、隙間が大きければ大きいほど断熱性能が高いのだ。
現在でも単位重量当たりの空気量(=隙間の大きさ)はダウンが一番だという。
化学繊維の綿にも大きな利点があって、それは水の影響をまったく受けないという点だ。
化学繊維は基本的にプラスチックなので水を含むことがない。
ダウンやウールはやはり水の影響を受けると嵩が減ってしまう。

さて、化繊の綿の開発はより細い繊維で効率よく空気を含ませる方向で開発されてきた。
有名なところでは「シンサレート」が一番早い登場であったようだ。(80年頃に登場かな?)
すぐに他の不織布メーカーが同様の中綿を開発し一般的に使用されようになった。
こういった中綿は製造直後はふんわり厚みのある生地の反物である。
これをパターンにしたがって裁断し、ウエアの縫製の工程中で多くの場合裏地に仮止めする。
ふわふわしているので別の生地のパーツに縫い付けないとうまく扱えないのだ。
ウエアを製造するときにはデザインののった表側と、中綿のついた裏側をあわせて形にしていくのが一般的だ。
なぜ裏地側に綿をつけるかというと、裁断されたパーツの形状が単純で手間がかからないからである。
表側はデザインが乗っているためパーツの分割が多く、分割されたパーツにいちいち綿をつけていくのは効率が悪く普通は避けられるやり方なのだ。
(たまにダウンウエア風にみせたい場合は表側に綿をつけてキルトを刺すこともあるが、あくまで例外的なケースである。)

この普通ではないやり方を実はP社ではよく使っていた。
前出の項目でウエアのアウトラインが逆三角形の時代があったと申し上げたが、この頃ジャケットの肩の部分が肩パットだけではボリュームが足りずさらに表側に張りを持たせるためパーツごとに中綿を縫い付ける方法がとられた。
しかも裏地側にも普通に綿をつけた上でのことだ。
こうなると手間が何工程も増えていってしまうが、何が何でも上半身を大きく仕上げるようにしたのだ。
まさに目的のためなら手段を選ばず、工場はそれをやってのけることを期待されていた。
しかも、裏側の綿と表側の綿は役割が異なるため、綿の種類も異なるものが選択された。
裏側は保温性確保のため厚さがありふんわりしたもの、表側は形を支えるために厚さはそれほどないがある程度コシのあるもの、という具合である。
他にも衿用やフラップ用などで使い分けると一着の中で使われる綿や芯地の種類は他社に比べて格段に多くなった。
「なんでこんなに色々あるんですか?」と工場の方から言われたこともあった。

この頃他社はどんな風に作っているのだろうと縫製方法を研究したが、このようなことはやはりP社しかしていなかったのだ。
だいぶ無理をして作っていたが、それが売れていた頃は「苦労も報われる」と思っていられただろう。
お客さんには知ってもらいたかったような、知られたくなかったような話だ。
しかし、程なくトレンドも細身になり、売り上げも下降線をたどり始めると合理化が意識されてほとんど使われることもなくなった。

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