スキーインプレストーリー
<究極の板と至高の板>
ブーツ編

登場人物

八海史郎:本物の板を知る男
現在は月刊スキーマガジンのぐーたら社員だが、
スキーを履くと人が変わったように鋭い人間になる。

野沢祐子:スキーを初めてまだ日は浅いが、 板に対しては天才的な勘がある。
どんな板が優れているか常人より敏感に感じ取ることができる。
温泉好き。

船橋編集長:史郎の上司、お調子者で強いものにまかれる典型。
大メーカーのプロモーションに見事にのせられる。

船橋竜雄:船橋編集長の甥。
大学生スキーサークル所属

第2話ブーツ編

大会の取材にやって来た月刊スキーマガジン一行。
八海史郎
野沢祐子
船橋編集長
の3人
実は一日早めに現地入りして会場付近で少しスキーを楽しもうという日程だ。
この大会、船橋編集長の甥もエントリーしていて、ちょっと気になる様子。

さっそく滑ろうとブーツを履いたりして準備をしている3人。
史郎は相変わらず酒くさい。
「編集長、僕は早く温泉に入りたいんですけど。」
「もー、史郎さんだらしないんだから。」と祐子。


そこにいかにもレーサーといった学生風の男2人が通りかかった。
祐子のブーツを見るなり、
「お嬢さん、ラングのL10バンシーZCかい。こりゃあかわいらしいブーツを使ってるね!まさかそれで明日のレースに出るなんて言うんわけ?」
「俺達レーサーだからそんなやさしいブーツじゃあもたないんだよね!」
「そうそう、なんてったって俺なんかラングL10ワールドカップ、正真正銘の選手用さ」
「俺はノルディカドーベルマン。このタイトなホールドがたまらないね」


(確かにオレンジ色がかわいいと思ったけど、いろいろ履いてみて一番ぴったりだったから買ったのに…) むっとする祐子


「ちっ、選手用ならなんでもいいと思っているおめでたい奴らがこんな所にもいたか」
史郎が男達を斜に見上げて言った。
「なんだとぉ!」
いきなり喧嘩寸前の状態になった。
たまらず祐子が止めにはいる。
「まあいいじゃない、史郎さん。行きましょうよ」


そこに学生風だがいかにも後輩といった感じの男が一人。
「先輩!本番スキーにワックス塗り終わりました。」


「おやっ、竜雄じゃないか。」と船橋編集長。
「あれ!?おじさん、こんなところで何してるんです?」
「何って、明日のレースの取材だよ。」
「スキーマガジンが取材してくれるんだ!」目を輝かせる竜雄。


「この人達、雑誌編集の人なんだ!しかも竜雄のおじさんが編集長かよ!」
とラングL10WCを履いた男が言った。
「明日の俺達の活躍しっかり取材してくださいよ!」
去っていく男達。
残された格好となった竜雄。
「すみません、おじさん達に先輩が失礼なこと言ったんですか?」


「失礼なこと言ったのは史郎さんかもね。」と祐子。
「当然のことさ。そのままでは彼らの脚に合いそうもないタイトな選手用ブーツを選手用というだけで安心して使っているんだ。」


「実は、僕もブーツがこれでいいのかちょっと悩んでいるんです。」
切り出す竜雄。
見ると、テクニカのアイコンレースXT-17を履いている。
「先輩の行きつけのショップでいつの間にやらこのモデルになっていたんです。」


史郎がうめいて、
「なんだよ自分でブーツも選べないんですか編集長の甥子さんは。」
「そう言わずにちょっと見てやってくれよ。」船橋編集長が困った顔で史郎に頼んだ。
「仕方ないな。どれ、ブーツを脱いで素足を見せてくれ。」と史郎。
「うーむ、そんなに足幅は広い方ではないからこのブーツで根本的には問題はなさそうだ。一応そのショップも考えて選んだんじゃないの。」
「ちょっと滑ってみてくれよ。」


竜雄に何本かフリーで滑らせ、それを見ている3人。
「まあまあじゃないか我が甥っ子は。カービングスキーだからアラも目立たないんだろうけど。」
船橋編集長が目を細める。
「でも、ちょっとぎこちないところがあるような気がする。」祐子がつぶやく。
史郎も
「そうだな、彼にはあのブーツは前傾が硬すぎるかもしれないな。」


3人のもとに戻ってきた竜雄。
「どうなんでしょう、僕のブーツは?」


「このブーツはロアシェルが上まで立ちあがっているワンピースシェルに近い構造になっている。それゆえ比較的薄いシェルでありながら高い剛性感と鋭いレスポンスが実現できているんだ。」
史郎が説明をはじめた。
「竜雄君の滑りを見ると、すねの前傾の作り方がちょっと弱いから、前へのフレックスをもっと柔らかくしたほうが結果が出るはずだ。」
竜雄が目を丸くして、
「でも史朗さんこのブーツ、調整するところがありませんよ。」


「まあ貸してみなよ。」
ブーツを手に取り、カフを広げる史郎。
「どうするんだい?」船橋編集長がのぞきこむ。
すると、史郎は大型のカッターナイフを取り出し、ロアシェルのくるぶし上の部分に上からV字型の切り欠きを作り始めた。

「ええっ!せっかくのブーツを切りきざんじゃうんですか!」祐子もびっくり。
かまわずザクザク切りこんでいく史郎。
「このブーツはこうしないと調整できないんだ。」
「結構力いるんだぜ。」
酔っぱらいの史郎がブーツを削っているのだから一同不安を感じるのも無理は無い。
「竜雄君は脚が長い方じゃあないからインナーの上端もいらないな。」
インナーのふくらはぎに当たる部分までざくざくと切り落とす史郎。


「本当に大丈夫なんですかおじさん。」不安がる竜雄。
「まあ、こういうことに関しては史郎にまかせて大丈夫だよ。」船橋編集長が甥に説明する。


「よーし出来た。これで滑ってみなよ。」
史郎がブーツを竜雄に手渡す。


滑る竜雄。
史郎が鋭く見つめる。
「ほら、前方にひざが入りやすくなったからスキーのトップがスムーズにターンに入っていくだろう。」
船橋編集長も
「ふーむ全体に動きが滑らかになったような気がするね。」


翌日、大会が開催され竜雄は先輩より良い順位になった。
「史郎さん、ありがとうございます!前の自分だったら失敗していたような所もなんとか無事通れました。」
竜雄もさすがに嬉しそうだ。


「でも、先輩達はなにか調子が今一つだったような感じだったんですけど何故ですか?史郎さん。」
「そりゃそうさ。彼らの履いていたブーツは選手用だけど、インターナショナルサイズで外人の体型を基準に出来ているんだ。それを日本人そのものの体型の彼らが履いたらポジションが狂ってくるのは当たり前だよ。」
「そうね、わたしもずいぶん背の高いブーツだと思ったもの。」祐子がうなずく。
「少なくとも彼らが使うなら、自分のふくらはぎがブーツの設定より低いのだから、その分シェルやインナーを削り取らないとまともな状態になるはずがないんだ。」
史郎の話に一同うなずく。


「一度、ブーツチューンに出してしまえば良かったんだろうな。」
船橋編集長が言った。
「だから、日本のスキーヤーはだめなんですよ。」
「なんだって?史郎!」
「日本のスキーヤーは買ったそのままか、ショップにまかせっきりにするかの両極になっていて、自分でどういうブーツが必要でどうしたら調整できるかを自分で工夫する事が無さすぎるんだ。」


祐子が
「そうね、硬いプラスチックで出来たブーツだから買ったそのままで合う方が少ないはずだもの。」
「特に選手用とうたっているものほど、タイトにできている分調整は必要不可欠になるんだ。」と史郎。


「いやー、私は一般用のブーツで充分だね。そんな敏感さは不要だよ。」
頭を掻きながら船橋編集長が言った。
「そうだね、編集長も歳だから最近出始めたソフトブーツなんていいんじゃない。」
「そうそう、流行ものに弱い編集長にぴったりよ!」
史郎と祐子が茶化す。
「まったく!二人とも上司をなんだと思っているんだ!でも、ソフトブーツいいかもな。」
本気でソフトブーツの購入を考える船橋編集長であった。

第2話ブーツ編完。

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