重鎮との対談
群馬県のスキー界の重鎮青木氏は群馬県内のスキーの草分けの一人で、現在も現役で滑りつづけて後進の指導に当たっておられます。
今も赤城山の大沼湖畔で100年以上の伝統を持つ旅館を経営されています。今回はその青木旅館にお邪魔した時にうかがった内容です。
青木氏:ところでスキー関係の景気はどんな状況かね?
教祖:ウエアはなかなかに厳しいですが、スキーグッズのほうはカービングが浸透しつつあってそのカービングを試してみようという人が買いに来てくれて、それなりに売れています。
青木氏:確かにカービングスキーというのは画期的だからね。
教祖:と、いいますと?
青木氏:まず進行方向に身体を正対して操作が出来るから極めて合理的だ。余計なアンギュレーションなどいらないから操作が本当にシンプルになった。
そもそも人間の身体は直立して、
(青木氏は立ちあがり、足をまっすぐにして膝を少ししめるようにした)
こうやって立つと、ほら、角付けするようにできているんだよ。
(確かに足の外側が少し浮いてちょうど角付けしているような状態)
教祖:ほんとうだ…
青木氏:私は神様が人間をスキーするように作ったんだと思っているんだ。本当に合理的で上手く出来ている。
こうすると、(膝下、脛を傾ける青木氏)人間はエッジングするようになっている。
膝からエッジングするときはスピードは遅い状態。
スピードが上がってくると、腰から角付けをする。ここの関節からだ。
教祖:股関節ですね。
青木氏:その通り。それ以上スピードが上がってくると今度は身体全体が内側に倒れてくる。
そうしないと遠心力に耐えられないからね。
教祖:スピードに応じてそこは変えていくのですね。
青木氏:その辺の基本は昔から変わっていないね。
それからもうひとつは、スピードが遅い状態でもカービング出来るようになったからそんなに上達していなくても切れるターンの面白さが味わえるようになったんだな。
教祖:なるほど。
青木氏:昔はある程度スピードを出して板をたわませないとカービングにはならなかったんだよ。
教祖:そうですね。逆に今ではプルークボーゲンなんかかえってやりづらいのではありませんか?
青木氏:ボーゲンがやりづらいと言うより、しなくて良いと言ったほうがいいんじゃないかな。
角付けを変えればそれだけで曲がっていってしまうから、今じゃ初心者でも3時間も教えれば板をそろえてカービングまで出来るようになるだろうね。はっはっはっは。
教祖:3時間ですか!(驚)
青木氏:そう、私が教えればね。3日通えば10年間1人で練習した人間にも追いついてしまうよ。はっはっはっは。
教祖:3日で10年分ですか!(驚)
青木氏:そう。動きの本質を教えればそのくらいは上達するんだ。
教祖:そんなに早く上達したらスキー学校に入ってもすぐ卒業してしまいますよ!
青木氏:そうだな、そんなことになったら生徒がすぐにいなくなってしまうだろうね。はっはっはっは。
教祖:商売あがったりじゃあないですか!
青木氏:だからスキー学校は日本古来の習い事と同じ教え方をしているんだな。
教祖:習い事と同じということはどんな意味なのですか?
青木氏:つまり小出しに教えているという意味だな。なかなか免許皆伝にはしないだろう。
本質は言わないでパーツ、パーツに分けて説明する。例えば「膝を曲げろ」とか、「良い位置に乗れ」とか言う訳だ。
単に「膝を曲げろ」と言われたら、膝だけ曲げて今度は腰が落ちてくるんだ。それじゃあ動けないんだよ。
「良い位置に」なんて言われたってどこが良いのか分かっていないからどうして良いか分からない。
教祖:良い位置がわかっていたらとっくにのっていますね。
青木氏:だから私は「膝を曲げろ」などとは言わないで、「座布団に座るようにしなさい」と言うんだ。
(立ちあがり、上体はまっすぐ立てたまま座布団に座る真似をしてみる二人)
教祖:なるほど!座布団に座ろうとした途中の姿勢ですね!ちょっと中腰気味だけど重心はセンターにあって、膝が前方に入っています。
青木氏:そうそう、「座布団に座る途中の姿勢」だ。その通り。教えるこつは普段の動作に例えて言ってあげることなんだよ。
教祖:やったことがない事を教わりに来るのですから、どこかで経験した動作で説明すれば良くわかるのですね。
青木氏:それをスキー用語で説明するところがおおいけど、いきなりそんな難しい言葉で言われても出来るはずはないんだよ。
教祖:でも、スキー教程はみんなスキー用語で書かれていますが…それを一生懸命読んで上達しようという人はいますよね。
青木氏:ああ、スキー教程はね、あれはあれで良いんだけどね。滑ることが出来る人が読むと良くわかるんだな。
教祖:出来ない人が読んでもわからない…
青木氏:ああ、わからない。運動を説明するのに言葉だけでは無理があるな。
スキーの本質を知るとは、運動を「体得」するものなんだよ。
教祖:身体で実感して初めてわかるということですね。
青木氏:まあそうなんだけど、しかしスキーの本当の面白さとは長い距離を止まらずに滑ることだね。
一曲の歌を歌うように滑ることだ。
教祖:歌、ですか!?
青木氏:そう。長い距離を滑っていくと色々な斜面が出てくる。ここはこんな歌い方(滑り方)、次はまた別の歌い方(滑り方)
といろいろ自分でコーディネートする楽しさがある。
教祖:確かに、「ここは思いっきり行って、次は抑え目にして」とか考えたり、斜面変化にも自然と強くなりますよね。
青木氏:今は、途中でいちいち止まる人が多いな。ありゃあもったいないね。
教祖:そういう人に限って細かい技術にこだわっているのに斜面変化なんかにすごく弱かったりしますよね。
青木氏:まあ、それでも最初はそれでも良いんだよ。
教祖:…といいますと?
青木氏:最初はね、2、3回でもきれいにターンできると本当にうれしいんだよ。
教祖:ああ、それで「もうおなか一杯」ということですね。
青木氏:そうそう。まあ長い距離きちんと滑っているかどうかは制限滑降やらせてみるとすぐわかるな。
教祖:制限滑降というとポールですね。
青木氏:そう。リズムが変ったりするととたんに入れなくなる。本当に良くわかる。
教祖:スキーにのせられて自分で加減ができないから対応できないということですか。
青木氏:まあ、その加減がスキーの極意といっても良いんだけどね。
教祖:自分の思い通りのターンをしようとすればターンの加減は欠かせないですね。
青木氏:しかし、見てると最近はついつい回りすぎてしまう人が多いな。
最近のカービングでポールを早く滑ろうとすると、自分で回してはいけないんだ。
教祖:やはりそうですか。今はいかに回ろうとするスキーで回り過ぎないように加減しないといけないんですよね。
青木氏:いやあ、板が回ってくれるからスラロームの場合は回さないようにしないといけない。
教祖:そうですね。次のゲートまでまっすぐ行って、サイドカーブがきついから短時間でグリッと回って次に行くんですね。
青木氏:昔は横の動きがあってそこからエッジングに入っていったんだが、今はいきなりエッジングに入っていけるだろう。
だから昔より板が走るんだな。脚にかかる負担も最近ますます強くなってきている。
しかも、失敗してもスキーはどんどん回っていっちゃう。ワールドカップでも回りすぎて失敗する場面が多くなるだろうね。
一瞬でスキーが走っていってしまうからそれに追いつかないといけない。
教祖:短時間でバンっと走る板に上体を追いつかせないといけないわけですね?
青木氏:そう。一般のスキーヤーも同じ事が言える。本当に良い位置に乗っていないといけない。
ターンの始動の時点で、こうぐっと身体が前に出ないと間に合わないんだな。
教祖:それを出来ない人に上手く表現するにはどういう言い方が良いのでしょうか?
青木氏:「トイレから立ちあがるように」という言い方だね。
教祖:「トイレ」ですか!和式、洋式どちらのイメージなのですか?
青木氏:どちらでもいいんだけど、座っている状態から立ちあがろうとすると、必ず前に重心を移さないといけない。そのまままっすぐ立ちあがろうとしても後ろにひっくり返ってしまうだろう。
教祖:本当だ!この前方の動きを谷側に向かって行うと思えば…
青木氏:その通り。
教祖:そういえば、最近スキー場を見ていると、こう低く構えて左右に動くスキーヤーが多いと思うのですが…
青木氏:ああ、べちゃっとつぶれた滑り方だね。やっぱりあくまできちんと立ちあがってターンを始動するのが基本だよ。
教祖:雑誌なんか見ても、ストックまで短くして、こう脚だけ左右に動かして滑るようにしていますよね。
青木氏:あれは本当に上手い人しか出来ないんだよ。達人だな、そんな事ができるのは。
普通の人はきちんと立ちあがっていかないと斜面の凹凸に対応できない、あの滑り方で凹凸に対応できるのは本当に上手い人だね。
教祖:そういう風に教えられることが多いのでしょうか?
青木氏:達人の「構えの型」から覚えようとするからそうなるんだね。本当の達人は無駄な動きが一切無くなって一見静かな動きに見えるけど、必要なときに強烈な動きを出すことが出来るようになる。
教祖:その達人の「型」だけみんな一生懸命やろうとしているわけですね。
青木氏:そう、本質を知らずに「型」だけやっても意味が無い。
以上、雑談していた内容をもとに構成しました。
(2002年1月収録)
重鎮との対談完。
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