●スキーウエア史上最大の暴挙(?)―ストーンウォッシュ【前編】 |
スキーウエアの歴史において80年代の前半までというのは基本的な技術開発が行われた時代である。 水が浸入しないのに湿気は外に放出する「防水・透質」素材。 上記の「防水・透湿」の性質を持ちながら動きについていくストレッチ素材。 熱を逃がさない金属系の素材。 高品質な化学繊維の中綿。 と、まあ現在もスキーウエアといえば基本的にはこの頃に確立した技術で出来ている。 80年代後半からは、デザイン面が恐竜的な発展(?)を見せる。 関越道が歴史的な大渋滞を起こしていた頃にスキーに行っていた方ならばきらびやかなウエアが記憶に残っているはず。 あるいはいまだにそれを着てたまにスキー場に向かっているのかも…。 ともかく機能的にある程度完成を見てしまうと見た目に走るのは歴史の必然というべきで、ありとあらゆる柄や金銀に輝くボタンや金具がウエアを彩っていたのである。 アパレルのノウハウのほとんどがスキーウエアにつぎ込まれたと言ってよいだろう。 そんな中でおそらくスキーウエア史上最大の暴挙といえるのがストーンウォッシュではないか。 とにかく一度縫いあがったウエアを石とともにガラガラと丸ごと洗ってしまうのである。 その結果、店頭で圧倒的な独自の存在感を放ってはいたのだ。 しかし、ジーンズなどではポピュラーな手法であって珍しくもなんともないが、相手はスキーウエア、裏地も中綿もあるし、第一、雪が降る中で着用するものだぜ! 元々は提携関係にあったドイツのB社が開発したノウハウで、それを日本で再現したということなのである。 日本国内でも当時は結構人気があった。P社の社員も多数購入者がいて通勤着にしていた者も少なくなかった。 具体的に述べると次のようなことになる。 ある色に染めたナイロンの基布に異なる色の「顔料」をのせる。(例えば蛍光ピンクの基布の上に濃いブラウンの顔料をのせたりする) 通常、繊維製品に色をつける場合は「染料」を使う。 「染料」は繊維に浸透して色をつけるものだが、「顔料」というのはある色を持った細かい粒子の集まりである。 この「顔料」というものは表面に付着して色をつける。 故に石が当たって「顔料」が剥がれ落ちると下地の色が現れて複雑な表面の表情が表現できるということなのだ。 このストーンウォッシュの素材はヨーロッパ製で、こんなに大胆なことを考え、実際に作るなどということはやはり日本のメーカーでは考えられないようだ。 ジーンズなどは落ちやすい「染料」が石の当たりによって色が薄くなるという現象が起こるので、この「顔料」を使ったスキーウエアの現象とは根本的に異なる。 ドイツのB社が相手にしているヨーロッパのマーケットというのは「大人」のそれであって、スキーウエアといえどもストーンウォッシュなどすればどうなるかは、お客の方も良くわかっている。 そんなものを着る人は天候の悪いときにはスキーに出かけない。(あるいは別のウエアを着る) ストーンウォッシュでなくとも「天候の悪いときには着ない」ウエアはB社のラインナップには良く見られたものなのだ。 日本の場合は残念ながら、ヨーロッパとは違ってそこまで「大人」になっていなかった。(いまだになっていないか…) 高い金を出したならばどんなものでも防水は完全でなければならないと多くのお客が思っていたのだ。(いまだに思っている方も多いようだが…) P社での場合は、表素材のすぐ内側に別の防水素材を当てて中まで水が浸入するのを防ぐ構造にはなっていた。 ただ、初年度のモデルについてはウエア表面が水をはじく「撥水」の加工はなされておらず、日本の湿った雪が降る中で着用していると表面がどんどん濡れてしまうのは避けられなかったのだ。 「大人」になっていない日本のマーケットではこの表面が濡れてしまうという現象は、少なからず問題になったようで、二年目以降の商品に関しては撥水加工をどこかで入れようということになった。 最初は染めた基布に撥水加工をして、その後に顔料をのせてみた。 この内容でまずは展示会用のサンプルウエアが作られた。 さて、まったく関係ないようだが、ここで展示会での見本についてお話しよう。 毎年3月から4月に展示会と称して、ウエアメーカーは新作の試作品を一通り作り、販売店にプレゼンテーションする。 販売店はそれを見て売れそうな商品に注文を出す。 これは日本国内市場、海外市場かかわらずほぼ同じ手順を踏んでいる。(時期は海外の方が一ヶ月ほど早いのだが…) さらにカタログの写真もほとんどこの展示会の見本を撮影している。 実はこの展示会の見本に関しては注文をとることの他にもうひとつ生産面で別の意味がある。 各色の素材の染め(この場合は顔料ののり方)具合がこの展示会の見本で確認され、実際の生産時の染め方が決定される。 さて、その撥水加工を取り入れたストーンウォッシュのウエアだが、展示会での仕上がりを見るとどうも顔料が落ちすぎているという評価になってしまった。 当然なのだが、撥水効果を出すにはコーティング加工される。 そのコーティングは水をはじめ、他のものが付着しにくくする効果があるため、顔料粒子の接着力が弱くなってしまうのだ。 そこで実際の商品に関してはやはり以前の内容で行くことになった。 これが混乱の始まり。 カタログの写真と実際に店頭に並んだウエアではかなり色合いが異なっており(加工が違うのだから当然)、「カタログどおりの色のウエアを何とか用意しろ!」などという事実上対応不可能な電話が会社にかかってきたりもした。 一応カタログには、「予告なく製品仕様は変更されることがあります」などと書かれているが、そんなことにはお構いなしに自分の要求をおっしゃる方はどこにもいるものなのだ。 素材を作っているのは遠いヨーロッパ。 カタログの撮影のためだけに少量の素材を作ってくれるほど小回りはきかないのである。 後編へ続く |
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